朝霞市はかつて「膝折村」という名称でした。ここは川越街道の宿場町として栄えていた地域で、すでに中世後半には名称が現れています。あの江戸城を築城したことで知られる太田道灌がこの地を訪れた記録が残っています。なお、このユニークな名前の由来はこの地である武士の馬が足の骨を折ったところからつけられたとも言われています。

現在の「朝霞」という名称がつけられたのはずっと後、1932年のことです。この地に「東京ゴルフクラブ」が移転した際に(現在はない)、当時の名誉総裁だった朝香宮鳩彦王の名称からつけられました。人名から地名がつけられるという非常に珍しいケースとなっています。

江戸時代には伸銅工業で栄えたことが記録に残っています。1889年の町村制の施行の際には中心となった膝折村のほか、溝沼村、岡村、台村、根岸村が合併し新たな膝折村が誕生します。当時は新座郡に属していましたが、1896年には新座郡の廃止にともない北足立郡に編入されます。その後朝霞町への名称変更を経て1967年、市制の施行によって現在の朝霞市となっています。

人口は1990年代に入って10万人を突破。2010年には12万9000人にまで達しており13万人突破も時間の問題といわれています。大学があることもあってか若い世代が多いことでも知られており、今後の発展が期待されている地域でもあります。その意味では朝霞市の歴史はこれからが本番、といってもよいのかもしれません。